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札幌高等裁判所函館支部 昭和41年(ネ)18号 判決

控訴人

木村麻佐子

外二名

代理人

熊谷正治

被控訴人

小杉隆男

代理人

臼木豊寿

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

一1  控訴人ら代理人は「原判決を取り消す。亡大畑まつが昭和三八年四月七日函館地方法務局所属公証人岡田直寬作成昭和三八年第一〇五三号公正証書によつてなした遺言は無効であることを確認する。被控訴人は別紙目録記載の物件につき函館地方法務局昭和三八年八月一九日受付第一四二二六号をもつてなした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人は「控訴棄却」の判決を求めた。

二2  当事者双方の事実上の主張および証拠関係≪省略≫

理由

一3  控訴人らはいずれも、その訴について当事者としての適格を欠くものと認められる。その理由は以下4項から10項に説明するとおりである。

4  民法第九五八条の三により特別縁故者が相続財産分与の請求をできるのは、相続財産について清算手続が開始した場合で、しかも清算後に残存すべき財産のある場合に限られている。その上に、この分与請求は家庭裁判所に対してなすものであつて相続財産法人に対して請求するものではなく、家庭裁判所はこの請求に対し自由裁量によつて分与の許否、分与の額を定めるものである。従つて、一般には、特別縁故者であるというだけの理由で、その者に私法上の請求権が認められることはなく、従つて又民事訴訟上の当事者となりうる資格は認められないと言わなければならない。

5  しかしながら右特別縁故者のうちには特別の類型の者が含まれていることに注意しなくてはならない。すなわち、内縁の夫婦実質上の養親子として社会生活上は自他共に配偶者、養親子と認めているのに、民法第七三九条、同法第七九九条の届出がないというだけの理由で相続権が認められない者がこれである。この類型に属する特別縁故者が財産分与請求をした場合には、家庭裁判所は、残存財産があるにもかかわらず、また相続欠格者に準ずる要件も認められないのにこれらの者に全然財産を分与しないという審判をすることは許されないし、若し敢てそのような審判がなされた場合には即時抗告(家事審判規則一一九条の七)によつてその是正がなさるべきである。このことは、民法第九五八条の三を新設した法の趣旨から当然の帰結であると認められる。従つて、同条による財産分与請求に対する家庭裁判所の裁量行為はその範囲に一定の限界があり、その限度において特別縁故者にも期待権を認めてよい。即ち、前記の類型に属する特別縁故者に限り、「家庭裁判所に対する分与請求と家庭裁判所の裁量的決定」という皮膜を通じてはいるが、なお、一種の財産権上の期待権としての私権を有するものと認めてよい。

6  従つて、民法第九五八条の三にいう特別縁故者のうち、前述のような実質上の配偶者、養親子に限り、被相続人のなした遺言の無効確認を求める民事訴訟上の当事者適格を肯定すべき場合があることが認められる。

しかし、この場合であつてもそれは利害関係人として相続財産法人清算手続の開始を求めよつて相続財産の管理人に逸出財産の取戻をさせるための前提問題としてのみ確認利益を認めうるものであつて、相続財産の管理人不在の場合に限つて当事者適格を認めるべきものと解される(家事審判規則一一九条の五)。然るに本件において被控訴人は亡大畑まつの特定受遺者である旨主張しているけれども、その方式および趣旨により成立を認めうる甲第五号証によれば、被控訴人は同女の包括受遺者であると認められる。従つてその遺言が有効である限り、亡大畑まつの相続財産について清算手続を開始する必要はないわけであり、従つて又その限り相続財産の管理人が選任されることもないと言わなくてはならない。そうであるとすれば、控訴人らと亡大畑まつとの関係如何によつては、控訴人らに遺言無効確認の訴の当事者適格を認めうべき場合であると認められる。

7  そこで控訴人らと亡大畑まつとの関係を検討する。<証拠>を総合すると次の事実が認められ、この認定をさまたげる証拠は存しない。

8  即ち、「亡大畑まつ(以下まつという。)は、控訴人らの母方の祖父である亡対島釜吉(以下釜吉という。)と約四〇年間の内縁関係を続けたのち、昭和三七年八月に死亡した釜吉のあとを追つて同三八年六月一〇日、相続人なくして死亡したものであること」、「控訴人らの母イ子は釜吉の次女であるため、まつと控訴人ら家族との間には時折り相互にその家庭を訪問したり、控訴人らの父木村公彦が函館に来たついでに年四、五回はまつ方に立寄る程度の交際があつたこと」、「釜吉の生前にまつと右公彦との間で木村麻佐子(控訴人)をまつの養子にする話が出たこともあること、右イ子が昭和三二年に死亡した頃まつは釜吉の長男である三浦正弘にその次男を養子に欲しいと申入れたが、同人はこれを断り、同人の妹の子である右麻佐子を養子にしてはどうかと推薦したことがあること、また釜吉の死亡した頃、右正弘は再び右麻佐子を養子にしてはどうかとまつに持ちかけたことがあること、しかしこれら養子の話はいずれも具体的に実現するに至らず、控訴人らのいずれの者にも、まつと同居し事実上の養子として生活した形跡は全く見当らないこと」、「まつは、釜吉の死後病気のために不自由な身辺を誰一人として世話をしてくれる者もない孤独な生活を送つていたので、これを見かねた町内の民生委員らの手により入院させられ、その後間もなく死亡したこと」、「まつの葬儀等死後の後始末に控訴人らは何等関与していないこと」、以上の事実が認められる。右の事実によれば、控訴人らはいずれも、単にまつの内縁の夫の孫であるという以上にまつと特別の関係はないものであつて、5項にいう特別の類型に属する特別縁故者でないことはもとより、4項にいう一般の特別縁故者にも該当しない者であると認めるほかはない。

9  従つて、控訴人らはいずれも、まつの遺言の無効確認を訴求する当事者適格を欠くものである。

10  また、控訴人らは、その主張自体から1項掲記の抹消登記請求権を有しないことが明かであるから、その請求についても亦、いずれも当事者としての適格を欠くものである。

二11  以上の理由で控訴人らの本訴各請求はいずれも訴の却下を免れないものであつて、これと同趣旨の原判決は相当であり、本件各控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三八四条、同法第九五条、同法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(雨村是夫 岡垣勲 山口繁)

(別紙)目録≪省略≫

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